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120件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

2017-04-06 第193回国会 参議院 外交防衛委員会 第11号

一九五八年のレバノンに対する支援、一九六五年のベトナム共和国に対する支援、一九八八年のホンジュラスに対する支援、一九九〇年のペルシャ湾地域への兵力の展開、そして二〇一四年のいわゆるISILに対する軍事作戦、この五件であります。  ただ、その五件のうちどれが条約上の義務に基づくものであるかどうか、これについては、我が国は当事者ではありませんので、ちょっとお答えするのは難しいと考えます。

岸田文雄

1981-03-18 第94回国会 参議院 予算委員会 第12号

政府委員梁井新一君) わが国は、昭和四十六年から三年間にわたりましてベトナム共和国政府、当時の政府でございますが、サイゴン郊外のショロンにチョーライ病院と申します前からあった病院でございますけれども、その全面改築計画協力いたしまして、約四十六億円の援助で新しい病院をつくったわけでございます。その病院には別に八億四千万円相当の医療機材協力を行っております。

梁井新一

1977-03-15 第80回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第4号

中江政府委員 事実上、実態と日本政府ベトナムという国をどういうふうに認識していたかということの間に、ああいう特異な事情でございましたので、いろいろそごがあったわけでございますけれども、たてまえといたしましては、日本政府北ベトナムを承認いたしましたのはずっと後のことでございまして、それまでは、南ベトナムが実はベトナム共和国として全ベトナムを代表するという認識のもとにいろいろの経済協力援助をやりましたけれども

中江要介

1977-03-15 第80回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第4号

他方、円借款が供与されました時代といいますか、その時期におきましては、南北ベトナムジュネーブ協定以来二つに分かれたままで、その間にいろいろの紛争が続いておったわけですけれども、日本といたしましては、南ベトナムを有効に支配しておりました当時のベトナム共和国に対しまして、そのときそのときの事情に応じて、先方の希望を入れて円借款を供与してきた、こういうことでございます。

中江要介

1976-10-26 第78回国会 参議院 外務委員会 第5号

田英夫君 最初に、大変つかぬことを伺いますがという感じなんですけれども、今回の一部改正で、従来在ベトナム共和国日本国大使館、そして在ベトナム民主共和国日本国大使館とあったのを、在ベトナム日本国大使館にするというふうになったわけですけれども、これは本来ならば相手国の正式の名称を大使館の前に冠するべきではないかという、常識論としてそういう気がいたしますが、そうだとすれば、「ベトナム社会主義共和国日本国大使館

田英夫

1976-10-19 第78回国会 参議院 外務委員会 第3号

この法律案におきましては、先般、ベトナム社会主義共和国成立に伴い、緊急の措置として政令により在ベトナム日本国大使館を設置いたしましたが、これを法律に規定する必要がありますので、この法律案におきまして在ベトナム共和国及び在ベトナム民主共和国の各日本国大使館を廃止し、在ベトナム日本国大使館を設置するとともに、同大使館に勤務する外務公務員在勤基本手当基準額を定めることとしております。  

小坂善太郎

1976-10-12 第78回国会 衆議院 内閣委員会 第2号

この法律案におきましては、先般、ベトナム社会主義共和国成立に伴い、緊急の措置として政令により在ベトナム日本国大使館を設置いたしましたが、これを法律に規定する必要がありますので、この法律案において在ベトナム共和国及び在ベトナム民主共和国の各日本国大使館を廃止し、在ベトナム日本国大使館を設置するとともに同大使館に勤務する外務公務員在勤基本手当基準額を定めることとしております。  

小坂善太郎

1976-07-13 第77回国会 衆議院 外務委員会 第12号

ベトナム共和国とも話をしていろいろ進めておられますが、カンボジアともこういう問題を引き続いておやりになる気があるか、あるいはさらに新しい経済協力、無償になるか有償になるかわかりませんが、そういったものも進めていかれる用意があるかというようなことを承りたいと思います。

水野清

1975-07-02 第75回国会 衆議院 外務委員会 第27号

土井委員 この条約にはベトナム共和国署名をいたしておりますね。南ベトナムの新政権は、そうなってまいりますと、この条約を継承するものというふうに理解してよろしゅうございますか、それはそうでなくて、断絶を一応して、新たにこれに対しての署名が必要だというふうに理解をしなければいけませんか、いかがでございます。

土井たか子

1975-06-12 第75回国会 参議院 予算委員会 第23号

じゃその次に、一九五九年のベトナム賠償協定、これの相手国ベトナム共和国というのはどういう政権ですか。それとアメリカとの関係を述べてください。それはベトナム国と違うんですよ、ベトナム共和国、(「議事進行」と呼ぶ者あり)それも調べなければ出てこないのかね。きのう言ってあるじゃないですか。(「議事進行」と呼ぶ者あり)

上田耕一郎

1975-06-10 第75回国会 衆議院 予算委員会 第24号

そうしてアメリカサイゴン政権と、それからベトナム共和国政府臨時革命政府と、四者でテーブルに着いて、あとの中の支配地域やその他の問題はみんなで決めなさいというだけの協定でしょう、あのパリ協定というのは。そういう中で、どっちが違反をしておったかなどということは、この際、もう歴史的に明らかになったけれども、そういう中で三カ月も前から攻勢というものが始まって、サイゴン陥落はもう目の前だった。

安宅常彦

1975-06-03 第75回国会 衆議院 決算委員会 第8号

ただ、一点念を押しておきたいのは、いわゆる南ベトナムベトナム共和国に対して商品借款番行う品目内容、かつて援助をしてまいりました品目内容が、今後再開されるであろう北ベトナムベトナム民主共和国との話し合いの中でも、たとえば商品援助にするなら、商品品目については全く同じものが北に対しても出せるというたてまえで理解してよろしいのでしょうね。

原茂

1975-06-03 第75回国会 衆議院 決算委員会 第8号

○原(茂)委員 本年の三月二十日にユエ陥落という、ほとんどもう決定的なベトナム共和国政権の崩壊がまずまず予測されていたあの時期に、数日前に実行した四億四千万、これも、いま鹿取さんのお話があったように、政情不安定だから、プロジェクトその他の問題については安定した政権ができてから考えようというような配慮をしなければいけない時期に、四億四千万の実行をしたということになる。そういうことになりませんか。

原茂

1975-03-31 第75回国会 参議院 予算委員会第二分科会 第2号

したがいまして、交渉の相手方は、これは当然のこのながら当該政権になるわけでございまして、今回の場合にも、この一月にベトナム共和国の副首相が来られまして、そのときにお話し合いをしたものでございます。ベトナム人の民生の安定と向上ということを主眼にしておりますので、特定の政権にいわゆるてこ入れをする、肩入れをするといったような考え方に出たものではございません。

宮澤喜一